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最高裁判所第二小法廷 昭和48年(オ)215号 判決

上告人

木下木材工業株式会社

右代表者

木下只喜

右訴訟代理人

森竹彦

被上告人

上村茂夫

右訴訟代理人

山口定男

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人森竹彦の上告理由第一点について。

所論の点に関する原審の事実の認定は、原判決挙示の証拠に照らし、首肯することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

同第二点について。

原審の適法に確定した事実および本件記録によると、上告人が先に訴外本田政雄に対する本件手形金債権に基づき同人方で有体動産の仮差押をしたところ、被上告人は、これに対し第三者異議の訴を提起し、同人においてすでに本田政雄から営業を譲り受け仮差押物件の所有権を取得しているから仮差押は違法である旨極力主張し、かつ右主張にそう証拠を提出したので、上告人は、右営業譲受けのあつたことを前提として本田政雄の営業により生じた本件手形金債権を被上告人に請求するため本訴に及んだところ、本訴においては被上告人は一転して右営業譲受けを否認し、そのような事実はない旨主張したことが明らかである。

思うに、先にある事実に基づき訴を提起し、その事実の存在を極力主張立証した者が、その後相手方から右事実の存在を前提とする別訴を提起されるや、一転して右事実の存在を否認するがごときことは、訴訟上の信義則に著しく反するすることはいうまでもない。しかし、原審の適法に確定したところによると、被上告人が先に第三者異議訴訟において主張していた営業譲受けの事実はなく、その主張が虚偽であつたのであり、かえつて本訴における右の否認が真実に合致した主張であり、しかも右第三者異議訴訟はすでに休止満了によつて訴の取下とみなされているというのであつて、かかる事実関係のもとにおいては、被上告人の前記否認は、信義則に反せず有効であると解するを相当とする。してみると、これと結論を同じくする原審の判断は、措辞適切を欠くが、結局正当として肯認することができる。論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(大塚喜一郎 岡原昌男 小川信雄 吉田豊)

上告代理人森竹彦の上告理由

〈前略〉

第二点 原判決は、民事訴訟における信義則の解釈適用を誤つたものである。

一、原判決は、「別訴が取下げられた場合には、別訴は初めから係属しなかつたものとみなされるのであるから、後訴において別訴の主張と矛盾する主張をしたとしても、直ちにこれを信義則に反し許されないものとして排斥しなければならない理論上の根拠はないものと解すべきである」とし、上告人(被控訴人)の主張――被上告人(控訴人)は別件訴訟においては上告人に対し、自分が訴外本田政雄から営業譲渡をうけ、商号を続用した旨極力主張したのであるから、本訴において、右主張に反し右営業譲渡、商号続行の事実を否認することは信義則に反し、訴訟制度を悪用するものであり許さるべきではない、との主張――を排斥した。

しかし、原判決の右の見解は、民事訴訟における信義則の解釈、適用を誤つたものと言うべきである。

二、まず、本件に関する事案の経過を見ると、

(一) 訴外本田政雄は、上告人が当時所持していた昭和四〇年二月二八日支払期日の五〇万円の自己振出の約束手形を支払わず、これに引続いて同年四月三〇日までに支払期日が到来する合計九通の約束手形(以上一〇通の額面合計五〇一万三、七一〇円)も全く支払いをしなかつた。

(二) よつて、上告人は、右手形債権を被保全権利として、動産仮差押命令(福岡地方裁判所昭和四〇年(ヨ)第一九〇号)を得て、同年四月一九日本田政雄に対する動産仮差押を執行した。

(三) 同年五月四日、被上告人は右仮差押に対し、前記第三者異議の訴を提起したが、この訴は、被上告人が、本田政雄からその営業全部の譲渡をうけ、右営業譲渡に伴つて被仮差押物件の所有権も自己に帰属したというにあり(この主張は、従つて右訴の骨子であつた)、その証拠として、本件訴訟における甲第三号証の二、三の原本たる公正証書を提出した。

(このような公正証書が提出され、第三者異議の訴が提起されると、それが営業譲渡を仮装したものであろうと推測される場合であつても、仮装譲渡であることの立証は困難を極めることは、経験豊かにして且つ賢明な裁判官各位の十分理解されているところと信ずる。まことに、上告人はこの訴訟の対応に苦心したのであつた。)

(四) たまたま、被上告人提出の公正証書中に「商号続用」の旨がしたためられていたので、上告人は、被上告人に対し商法第二六条第一項に基づく責任追及をせんと考え、昭和四一年七月一三日、本訴を提起した。

本訴が提起されて、はじめて被上告人は、自己の立場の不利を知り、第三者異議の訴の追行に不熱心となり、その結果、代理人辞任後も即日に出頭せず、訴の取下を擬制されることとなつたのである。

三、右のような経過から見ても、もし、上告人が「商号続用」を理由として本訴を提起しなかつたならば、或いはまた、公正証書を一段と“巧妙”に作つて、つまり「商号続用」などという記載をしていなければ、被上告人は、(その、勝手に作り上げられたという)公正証書によつて、引き続き第三者異議の訴を維持し、仮差押物件は自己の所有である旨の主張を継続したことは疑いを容れる余地もあるまい。その結果、第三者異議の訴の判決が如何なる帰結となつたかは、誠に予断を許さないのである。

四、従つて、被上告人が二つの訴で主張するところは、単に訴訟上の相異つた主張と言うのではない。

被上告人が本件訴訟で主張した立場に立つならば、前の訴で被上告人が行つたところは、仮装譲渡に基づく強制執行の免脱を企てた旨の主張であつた。つまり、極めて公序良俗に反し、犯罪構成する行為を行つた旨の主張なのである(勿論、被上告人自身がこれを行つたとは述べていない)。しかもこのような主張を出したのは、前述のように、被上告人自らに責任追及の本訴が提起されてからであることを考えるならば、前訴と本訴とが訴訟上の信義則に反することは明らかであろう。

もし、このような主張を許すならば、強制執行を免脱せんと企てる者は、債務の支払いを停止すると共に、強制執行免脱のため、第三者に所有権を移転した形を作り上げるあらゆる手段をとり、そのことが自分らに不利をもたらすに至つは、前の手段は仮装であつた旨をて主張して(その最も良い手段は、本件の如く、当の第三者は全く知らないことだと述べることであろう)、その不利益を免れることが出来る道を開き、訴訟制度を利用して債務の不正な免脱を行おうとする者に裁判所自らが手を藉すことを認めることになるのであつて、到底許さるべきではあるまい。

五、原判決は、前訴が確定判決に至つたのではなく、休止満了によつて取下とみなされて終了したのであるから、前訴は初めから係属しなかつたものとみなされるから、後訴で前訴と異つた主張をしても、直ちに信義則違反として排斥すべき理論上の根拠はない、とする。

なるほど一般的に述べれば原判決の言う通りであろう。

しかし、上告人が主張するところは、そのような一般論ではない。本件の被上告人のように、一旦は営業譲渡をうけた旨を主張しながら、一旦自らに累が及ぶとなると、右営業譲渡は知らない、仮装のものであつた、として民事訴訟制度、強制執行制度を愚弄し、その実効性を失わせる行為をした旨の主張を許すことこそ、信義則違反である、と言うにある。原判決の批判は当らない。むしろ、上告人の主張を正面から肯定した第一審の判断こそが正当であると信ずる。

よつて上告に及んだ次第である。

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